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伝統と新風
私が調理師になって初めて就職した店舗は大阪のミナミにあるイタリアンレストランでした。
当時その店のメニューは開店当時から変わらないメニューで20年以上やってきていて
イタリア料理のなかでも本当に基本に忠実な料理を提供していました。
そこで過ごした4年弱が今の私のベースになっていますが、当時の私は基本というその大切さに
気づかずに新しい料理にばかり目が行っていたような気がしますし、
実際その店の料理が色褪せたものに見えていました。
ですのでしばしば料理長と対立しましたね、(若気のいたりかも知れませんが
今思うと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。)
結局我慢ならずに退職を決意し、イタリア人が経営する
イタリアンレストランへ3ヶ月の研修にいきました。
当時その店はあの有名なTV番組「料理の鉄人」に出演した後だったので
尋常ではない忙しさを体験しました。
といっても私は皿洗いしかさせてもらえなかったので料理を目で覚え、
返ってきた皿のソースをなめて味を覚えました。
今でも、この店のメニューを5年以上たった今でも私は再現することができます。
(別のページに書いてある舌の記憶ですね。)
ここで私はイタリア人の作るイタリア料理と日本人が作るイタリア料理、
この2つを知ることになります。
私にとって、この経験はイタリア料理の両極端を垣間見た期間になりました。
今まで私が本や、前の職場で学んできた全てを覆されました。
そして思いました、これからは幅広く学んでいくべきだと。
この時期にちょうど一流と言われる料理人はその料理の枠を超えて
食材を使うのが当たり前のような流れになってきていました。
例えばイタリア料理で湯葉を使うとかそのような感覚ですね。
もう、かなり創作料理といってもいいのではないか?と思うような料理もありました。
創作料理
私は地元京都に戻り、洋風の創作料理店に勤めます。
就職してからほとんど朝10時から深夜2時までの労働でした、正直本当につらかったです。
もうひとつの辛さはイタリア料理で学んだことのほとんどが創作料理と言われる分野に
おいてそのまま応用できなかったことです。
当時の私はイタリア料理しか知らなかったので家庭で作るような
料理の作り方も分かりませんでした。
悔しかったし、恥ずかしかったんですが知らないことを学ぶ精神だけは
人一倍だったので質問&勉強はよくしました。
辛い経験はするものではない。そう思う方がほとんどだと思います。
しかし、思い返せばここでの悔しさや肉体的な辛さは
後々私の自信の変わり、今でもこの経験が私を支えてくれています。
「若いときの苦労は買ってでもしろ」昔の方は真理をついたことを
いったものです。
調理技術
創作料理店で素材の幅と少しの知識を学んだ私は自分自身の
調理技術を再確認しようとビストロに勤めます。
このビストロというのは和の食材を取り入れた創作フレンチだったので
今の私が技術確認をするのにはもってこいの場所でした。
今までの経験がすぐに生かせてこれまでにない私自身、最も勢いのあった
時期でもあります。
ここでエルブジの本に出会い、本格的に料理を学ぶことになります。
と言っても独学がほとんどで後は高級店にいる知人に聞いたりしていました。
勉強の方法は料理を科学的に見る目を養うことと今ある料理を全く違う方向に
展開してみるといったちょっと変わった方向でした。
エルブジの影響を多分に受け、料理に対する見方そのものが変わってしまったような
気がします。
格段に成長を遂げた私の調理技術はもはや、その店にいるのには
合わないというか私が変わりすぎたのかどちらかだと思いますが
そんなレベルまで達していました。
もともと私は独立が目標でしたので
これ以上調理技術に没頭するのもどうかと思いビストロを退職し、
ローカル経営を学ぶために居酒屋に就職しました。
現在
今は調理技術、料理と言うよりも経営のことをメインに勉強しています。
といっても現場でもしっかり働いていますし、料理の勘は衰えてはいません。
これから料理人になる方は「石の上にも3年」、「苦労は買ってでもしろ」
この2つの言葉は耳が痛くなるでしょうが是非実践していただきたいと思います。
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