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一言で言えば
「料理というのはクリエイティブなもの。自分の思い描いているものを
形として表現することができる、しかも完全なオリジナルをもって」ということ。
特に私の場合はそのとおりですね、こんな絵を描きたいと思ってもかけないし、
パソコンでプログラムを作ることもできません。
しかし、こと料理になると自分の思いを100%とは言えませんが
形にして自分の目の前に現すことができます。
しかも、その形にした思いを食べるという事によって評価してもらえます。
私にとって料理とは自己主張の塊なのかも知れません、
あなたは何か自分の思いを形にできるものはあるでしょうか?
もし、ないのなら身近なもので自分の思いを表現できる料理というものが
合っているのかもしれません。
こういう視点から調理師を見てみると、
調理師というのは「瞬間的感動を作る、肉体派のデザイナー」なんだと思います。
アートの世界と同じくに考えてみれば味覚を必要とする芸術は料理だけです。
器が芸術なら、その上に乗る料理もまた少しの命しかないはかない芸術だと思います。
これからの料理人はもっとクリエイティブな感性を前面に打ち出しても良いのではないか?と思います。
感動、感激を共有できる
自分の料理がお客様に褒められることは大変うれしいし、お客様も満足
してくださっているのでしょう。
サービスの方が「○番テーブルのお客様が料理長をお呼びです。」という声を
聞くと一瞬ドキッとします、クレームかなと思うからです。
ですが帰ってきてみるとお客様に喜んでいただいたという報告を受け
皆、喜びます。そのときに私はいつも料理をしていて良かったなと思います。
料理や飲食店は見知らぬ人とも、感動や感激を共有できる物であり、場だと思います。
だからこそ、調理師というのは「人を喜ばせること」とはどういうことなのかを
考え、それを料理や盛り付け、演出に盛り込んでいくことが大切です。
飲食業というのは常にお客様に感動を与えていくことを最優先に考えて
いかないとだめですし、そういうことを普段から考えているような方は
料理人、飲食業に向いています。
研究者
調理場というのは非常にマニアックな世界が広がっていると思います。
スペインのレストラン「エル・ブジ」の出現でさらにその勢いを
増していると言っても過言ではないでしょう。
全くオリジナルの料理を作ろうとするその時、調理場は研修室と化します。
そのときの料理人はみな研究者になっています、頭の中に思いつく
あらゆることを食材にぶつけ、実験しまた仮説をたてて実験する。
そうやってできた料理の中のいろんなパーツ、飾りだったり、盛り付けだったり
ソースやドレッシング、新しい感覚のたれなどが完成します。
制限があるからこそ
飲食店の料理は家庭の料理と違い原価率というものがあります。
一般的に言われている原価率は30%です、店によっては40%を超えるところも
あります。
特に和食関係は刺身の新鮮な魚を毎日仕入れなくてはいけないので
原価率が高めの設定になっています。
店によっての違いはありますがひとつの料理に対して制限があります、
ですがその制限があるからこそ新しい料理が産まれるんじゃないかと思います。
制限があるとなんとかしようと考えます、その考えるという
行動が結果的に新しい料理へのひらめきになったり、
自身の技術の引き上げにつながっていくと思うのです。
何の制限もなければ、ない物は買えばいいと思ってしまうので
何とかしよう、この店に合うようにカスタマイズしようと
いうような考えは起こりません。
(原価率を気にしないような飲食店も存在するので
すべての店舗に当てはまる事例ではありません。)
限られた中で美味しさを追求する、これもまた料理人の
立派な役目であります。
チームワークを学べる
飲食店の料理というのは一人で完結するものではなく
調理場のすべての人間が関わって初めて完結します。
ですのでチームワークが大切になってきます、もちろん
チームワークだけでなく皆を牽引する指揮者(料理長など)
も大事です。
チームワークがうまくいかないとひとつの作業に2倍3倍の時間がかかります。
これはどの業種でも同じかもしれませんが
飲食店の料理はチームワークが良くないと美味しいものが
美味しいままで出来上がりません。
ですので、チームワークを大切にする、つまりは人を
大切にする気持ちが学べます。
和食では特に必要とされます、昔よりはあまり厳しくなくなりましたが
大切な部分なので私たちも引き継ぎたいものです。
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